知保子コストナー

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ファーストアルバムが間もなく完成します!

chihoko_face_s.jpgシンガーソングライター。ご主人はドイツ人。自宅で子供達にピアノを教えながら創作活動やコンサート活動を行っている。現在は教会を中心にコンサートを行っているが、教会の他に病院やカフェ、レストラン、各種の施設などでもコンサートをしたいと願っている。
2010年2月、イーグレープから11曲入りのオリジナルゴスペルアルバム「Sound from Heaven」をリリース。ドイツ語の曲も1曲収録されている。

2枚目のオリジナルアルバムが遂にリリース!「Who am I」9曲入り。

"Sound from Heaven 1" 変わらないもの by chihoko kostner

インタビュー

天から聴こえた音がアルバムに

クリスチャントゥデイより

 祈っていた時に、音が聴こえてきて、その音をピアノで再現、その時思わされたこと、与えられた御言葉を歌詞につけて次々と作詞作曲を続けているシンガーソングライター知保子コストナー氏。ファーストアルバム「Sound From Heaven(天からの音)」を発売後、さらに天からの音が続々と聞こえ、現在21曲目の作詞作曲にとりかかっているという。

 過去にある信頼していた人に裏切られ、心に深い傷を負っていたものの、クリスチャンとなり、主にある平安の中で徐々に癒され、「赦し」という曲が与えられたことがきっかけに、本当に「人を赦す」ということができ、信仰が更に深くなったという知保子氏に、天からの音が聴こえてきたきっかけ、信仰成長の証を聞いた。


○いつからクリスチャンになられたのでしょうか?

 17年程前、自宅でのピアノ教室や某音楽教室の講師をしていた時に、英語が習いたくなって、英語の先生を探していました。その時、たまたま地元のお店で若い外国人の女性がいらして、お声をかけました。普段私は見知らぬ方にお声をかけたりしないのですが、なぜかその時はお声をかけてしまいました。そしてどういう方かもよくわからないのに、「英語を教えていただけませんか? 」と聞いてしまいました。彼女は近くのアメリカンスクールに通っている女子高生(ノルウェー人)で、後から彼女に聞きましたが、彼女も見知らぬ人に声をかけられてもお話ししない人だったそうで、不思議だったと・・・。後日ご連絡をいただき、喫茶店で毎週一回一時間英会話レッスンを受けました。

―わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。―主の御告げ。―それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ(エレミヤ29・11)。

 当時私は心の重荷があって、また以前の心の傷の後遺症もあって抗不安剤等を飲んでいて不安定な状態でしたから、彼女と親しくなるにつれ、英語で自分の中にある心の重荷を打ち明けるようになっていきました。その時、彼女がくれた御言葉がエレミヤ書29章11節でした。その時彼女のお父様がキリスト教の伝道師であることを知り、「教会に来てみたら?」と誘われ、行き始めました。子供の頃行った教会学校以来の教会訪問でした。

 そして賛美の中、何かを感じ、涙が溢れ、止まりませんでした。その時はわからなかったのですが、聖霊様に触れられたのですね。しばらく教会に通ううちに、神様の愛をご存じの方々との触れ合いを通して「主にある平安」というものを知りました。また、重荷につぶされそうになっていた私のために、彼女のお父様は毎週祈って下さり、御言葉を下さいました。どこの病院のカウンセリングドクターよりも私の心に触れるお言葉を下さいました。そうして毎週次の一週間を生きて行くお力をいただき帰宅していました。

 そうこうするうちに、その伝道師の方が、家族共々ノルウェーに帰ってしまわれることになり、洗礼を受けることを勧められました。その時私は神様を信じてはいましたが、まだ洗礼を受けることを決心できずにいました。まだ彼女と話したくて、彼女を追うようにノルウェーにいる彼女の家に2週間滞在し、神様のお話をたくさんしました。彼女は私に洗礼を受けるように勧めるのではなく、「神様が呼んでくれるから大丈夫」、そう言ってくれました。

 私たちは神とともに働く者として、あなたがたに懇願します。神の恵みをむだに受けないようにしてください。神は言われます。「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。」確かに、今は恵みの時、今は救いの日です(Ⅱコリント6・1~2)。

 日本に戻ってから一つの御言葉がずっと心にあるようになりました。第二コリント6章1節~2節です。「今や恵みの時、今こそ救いの日」この言葉が日毎に心を占めるようになり、ついに決心し、牧師に話し、その年のクリスマスに受洗しました。

 ○今のご主人様とのご結婚はどうして決意したのでしょうか?

 今の主人とは、その教会で出会いました。始めは主人には申し訳ないのですが、体は大きいし、私はあまり英語も話せなかったので、怖くて近づけませんでした。でも「ピアノを習いたい」と言われ、レッスンが始まりその時神様のことを話してくれて、いつの間にかそれが楽しく拠り所のようになっていきました。聖書や神様のことでわからないことを聞くと、何でも教えてくれました。主人はとても穏やかで、他の教会員の方々同様、「主にある平安」があって「キリストの香り」のする人でした。また決して自信家でも高慢でもありませんでしたが、何というか自分がかけがえのない者、愛されている者であることを知っていて、欠点があっても、それをむしろありのままの自分が愛されているのだからと自己受容できている人で、主に在って心が解放されている人でした。主人は私をイエス様に導いて下さった方々の一人でした。私の消すことのできない過去の心の傷があることも知った上で、「結婚しよう」と言ってくれましたので、結婚を決意しました。

○今はその人(信頼し裏切られ、心に深い傷を受けた人)を完全に赦せていますか?人を赦すことで、信仰生活の上でどのような変化が生じるようになったのでしょうか?

 そもそも「赦せない」という言葉の響きは、私が思うに高慢で上から言葉、相手への激しい思いを想像してしまいますが、私の「赦せない思い」はそういう激しいものではありませんでした。起きた出来事への恐怖と心の傷の痛みに襲われ、忘れたいのに忘れられない、しかもその思いのために普通の人が普通にできることができないなど、生きて行く上でかなりの支障があって、そうした現実は救われてからもさらに9年程続きました。心の傷は深く、自身の人格否定、存在意義さえ否定してしまう程のものでした。よく「私の人生を目茶目茶にした人をなぜ赦さなくてはならないのか」「生まれて来なければ良かった、あの時消えていれば良かったのに」と思いました。

―今その人への思いは、言葉で説明するのは難しいのですが、色であれば薄くなってきています。やはりあの「赦し」という歌を主にいただいてからは激変しました。思い出すことが減ったこと、思い出す時に起きる過剰な反応が減ったことが大きな変化です。ですからうなされたり、似た人を見ても、似た声を聴いても異常な反応がなくなりました。もともと激しい思いがあるというよりは、こうしたフラッシュバックが襲ってくることが辛く、予告なく起きるこうした反応に怯えていましたが、こうした反応は、深い神様の愛に包まれ癒されていく中で、なくなっていき、相手のことを思い出すと体が震えるような恐怖や悲しみが薄くなっていきました。そうなるまでには、ものすごく時間はかかりましたが…。

―「人を赦す」ということは、自分の力や努力では絶対できないことなのですが、「人を赦す」にはまず自分が癒されないと無理なのだと実感しています。そして人の「決して変えることのできない過去」を癒すことのできるお方は、イエス様しかおられません。私に天から「赦し」という歌が与えられた後、しばらくは歌うことが苦しかったし、赦せたかどうかを自問自答することはもっと苦しかったのですが、今あらためて自問したら…「はい」と答えられる自分がいます。

 どうしてかと問われれば、それはやはり「癒された」からですね。それしかありません。神様の愛はどんな悲しみ、苦しみも最善に変えて下さいます。今わかったのですが、実は今出来上がったばかりの20曲目の歌は「悲しみの向こうに」なのです。神様は私が完全に癒され、悲しみの向こう側にある希望と光にたどり着けたことを、音を下さって教えて下さったのだと思います。

 過去の人を赦せたのかどうか、怖くて自問自答することをずっと避けて生きて来ました。でも今改めて聞かれて、自然に「赦せた」と答えられる自分がいたことに驚いてしまいました。20曲目に与えられた歌の歌詞の中に「弱さを認めるその時、神の力に覆われる」、「限界を知りキリストの愛を知る」とあります。私はある時、この「赦せない思い」、「癒されない傷」を自身でどうにかしようとすることを止め(これが鍵なのです)、神様に丸投げしてしまいました。それから音が聴こえるようになりました。また、それまでは人の目や、自分が人に劣ることなくきちんとできているかが気になって仕方なかったのですが、音が聴こえるようになってからは、その音の聴きとりが至福の時となり、他のことに気持ちを奪われることが減っていきました。聴きとりを始めると2日くらい何も食べなくなってしまう程夢中になってしまいます。こんなことはそれまでそうたくさんはありませんでした。一曲聴きとり終え、歌詞が吸い込まれるようについていき、歌が出来上がった時の満足感は他のどんなことよりも大きく、そんな私を見て主人も驚いています。

 20曲全部がお証しであり、主からの愛のメッセージでした。信仰も体も心も弱い私に、神様が下さる完全な愛でした。私が立派な人でも、模範的なクリスチャンでもないからこそ、この様な愛を下さっているのだと思います。この新たに与えられた曲である「悲しみの向こうに」はこれまでのわからなかったことを、教えて下さる神様のお答えでした。点と点、線と線が全てつながった感じです。できあがった時、主を畏れました。癒されるのに時間がかかり、「できないことは何一つない神様なのに、どうして一瞬で癒されずに時間がかかるのだろうか?」と嘆き、祈りの中で叫んだことを思い出します。

―しかしそれも神様のご計画だったのだ―と、今でははっきりとわかるのです。赦しに導かれるまでの過程がとても大切で、そこで自身の成長や乗り越える力をいただきました。もっというなら、この成長の過程で、神様との関係(信仰)が深い深い、揺るぎないものになっていき、それは「赦せない」という未熟な私(優等ではない者)にも与えられる一方的な恵み…そして赦したくて(忘れたくても)も赦すことのできない(忘れることができない)方々に、神様の愛をお伝えする使命をも与えて下さいました。赦せた、忘れられた、それだけではなく、神様を信じ、期待した私だけではなく、その優等生ではない私を通して、心に傷を持つ他の方々をも癒して下さることができることが神様のすごいところだと思います。             

 「赦す」ことができてから、信仰生活が変わったかどうかと問われれば、やはり自分の変化には気づきにくいものですが、最近人に「知保子、明るくなったね」「神様に愛されていることが、知保子を見て、歌を聴いて感じられる」などとよく言われます。この15年間いつも傍で支えてくれていた主人も同じことを言います。ちょっとしたことにも傷つき、泣いてばかりいたので、主人は扱いに苦慮していましたが、やはり音をいただくようになってから、私が変わって来て、特に御言葉に敏感になり、それって(知って従うことができれば)すごい恵みで、神様の思いをきちんと感じられると、弱さや限界を感じた時に、自分を責めるのではなく、足りない者であることを告白し、お力をいただくということが自然にできるようになってきます。
他人を変えることはできない様に、自分自身で自分を変えることも難しいですよね。でも神様を見上げ、共にいることを実感できていると(私の場合これも自分の努力ではなく、神様が特別配慮して下さって音が聴こえていることで、いつも神様を感じられるようにしていただいています)、人格まで変えられてしまうんですね。神様を信じ音が聴こえる=神様からの恵みのシャワーを浴びさせていただくこと=それによって自分が新しくされていくというこの「救いの方程式」を発見しました。聖書に書かれていることではありますが、それが実感できるとは、本当に私は、愛されているのだと感じています。


 祈っていた時に、音が聴こえてきて、その音をピアノで再現、その時思わされたこと、与えられた御言葉を歌詞につけて次々と作詞作曲を続けているシンガーソングライター知保子コストナーさん。ファーストアルバム「Sound from Heaven(天からの音)」を発売後、さらに天からの音が続々と聞こえ、現在21曲目の作詞作曲にとりかかっているという。

 過去にある信頼していた人に裏切られ、心に深い傷を負っていたものの、クリスチャンとなり、主にある平安の中で徐々に癒され、「赦し」という曲が与えられたことがきっかけに、本当に「人を赦す」ということができ、信仰が更に深くなったという知保子さんに、天からの音が聴こえてきたきっかけ、信仰成長の証を聞いた。

○人から受けた傷を赦すのは、傷が深ければ深いほど、またその人に対する愛が深ければ深いほど難しいという事があると思います。ご自身のご経験から、「どうしても赦すことができない人、受けた傷を忘れることができない人」を赦し、忘れるためにはどうしたら良いと思われますか?

 自分の努力では無理ですね。抗不安剤も、時間も、人の優しさや愛をもっても、無理でした。「赦す=忘れる」これは1セットです。思い出さなくなる…それが今の私なんです。出来上がったばかりの「悲しみの向こうに」の歌詞にありますが、苦しんでおられる方々が今持つ悲しみ苦しみの向こうにある神様がご用意して下さっている希望を信じ続けて行くことなのかなと思うんです。

 この主に在る希望を失ったり、持てないと赦すことも忘れることもできません。御言葉に触れているとこの希望を持ち続けられるんですよね。やはりこれも私の場合、自身の努力ではないんです。音が聴こえている時、御言葉に特に敏感になりますから、自然と御言葉を「もっと、もっと」と欲するようになるんです。主の憐みですね。

 音が聴こえなかったら…考えると怖いですが、そうでない方々の場合を考えてみました。私の場合は「聴こえる音」(音楽)という私が一番身近だったツールを通して神様が癒して下さいましたよね。私達人間は、全ての人が神様によって目的をもって創られました。ですから必ず私にとっての「音楽」にあたるものが、全ての方にあると思うんです。それを自分で探すのではなく、祈って委ねることで、神様に与えていただくのです。すると必ず示して下さいます。私は「音を下さい」と祈ったことはありません。与えられるようになってから、ジャンルが私の専科ではないジャンルの音楽が多く、聴きとりがあまりにも大変なので、「クラシックを下さい」、と祈ったことはありますが。

 また神様とつながるために、妨げになることっていろいろとありますよね。あらゆる誘惑とか。これは私だけではなく、これまで多くの方々からお聞きしました。人は弱い者ですから…。私の場合は祈り手が助けてくれました。主人もそうですし、日本だけに留まらずいろんな国の兄弟姉妹が祈りで私を支えて下さっています。

 そして「赦す」ためには、まず「自分にはできない」ということを知ることから始まります。私はここに自分を持ってくるまでにも、かなり時間がかかりました。高慢ですね。  

○何をきっかけに天からの音が聞こえるようになったのでしょうか?

 ある日祈っていた時でした。この時は抗不安剤もやめることができ、主が中心におられるドイツ人の主人との生活が幸せで、感謝のお祈りをしていた時のことでした。その主人との平安な生活への感謝と喜びの祈りだったからなのか、何と聴こえて来た音についた歌詞はドイツ語でした。

 でもこの後2年くらい、全く音は聴こえませんでした。次に聴こえた時は、試練の時でした。「完全な愛」という歌が与えられた時です。完全な愛を人に求め続ける私はことごとく苦しみ(だって誰も持っていないわけですから)ズタズタになっていました。今思うと神様は「ここにいるよ」と言って下さっていましたが、神様とのパイプがか細かった当時、聴こえなかった、いえ聴く耳を持っていませんでした。ですから、本当に砕かれました。それでも音を聴き取っている時に、神様の「ここにいる」(完全な愛をお持ちの方が)というお声が心に届き、この歌ができました。そしてこの時から遅ればせながら、主人との関係も変わっていきました。それまでは見つめ合う関係だった気がしますが、その後は互いに同じ方向(イエス様)を向き、歩む者同士になれた気がしています。夫婦の関係も変わりましたね。それまで主人はありったけの力と信仰で私を背負い、どんなに大変だったことでしょう。


○現在20曲目を作曲中ですが、次のアルバムはいつ発売予定ですか?アルバムはどのような方に買っていただきたいと思われますか?

 私個人としては、今新しい歌が9曲で、セカンドアルバムのことを考えないわけでもないのですが、9曲ありますから次のCDを、というのものではないと思いますし、自分の思いではなく、祈ってお導きを待ちたいと思っています。今いろんなことが起きていて、こうしてファーストアルバムについてお話をさせていただく機会が与えられ、さらにこの4月からアサフミュージック所属にしていただきました。こうしたことが、神様が起こして下さったことなのかどうかは、まだわからないのですが、これまでと少し違うことが起きているので、御言葉に耳を澄ませています。

 神様を信じている方々にはもちろん、お証しとしてお聴きいただきたいのですが、ここ数曲与えられた歌は、まだ主の愛をご存じない方々、特に震災で被害に遭われた方々のことを祈っていた時に与えられたこともあって、そうした方々に聴いていただきたいと強く思わされています。神様が愛をもって私を癒し、慰めて下さっただけでなく、生きる希望を与えて下さり、さらにこのことを証し人として歌わせていただき、この癒しと慰めと希望が私一人だけのものではなく、全ての人があずかれるということをお伝えする大切な使命(私にとっての生きる意味)をいただいているので、一人でも多くの方に聴いていただきたいと思っています。

平山丈夫